巨大なプールが置かれたバブルの私室に、一応ノックしてから入る。エアー辺りは返事があってから開けないとノックの意味がないというが、バブルの部屋に関しては別だろう。バブルがプールの深くに潜っていた場合、ノックの音が届くはずがない。
案の定部屋の中の見える範囲にはバブルはいなかった。中央に設置されたプールに近づいて、何度か水面を叩く。
その後しばらく待ってみるが、水中に特に変化はない。内心首をかしげながら水面に顔をつけて中を見ると、水底にほど近いところで胡散臭そうにこっちを見る緑の機体の姿があった。それに思わず笑いながら、手招きをしつつ口パクであがってくるように言う。バブルはそれでも両手を頭の後ろで組んで動かなかったが、ややもすると独特のため息を一つついて水を蹴った。
どんどんと近くなるバブルの姿を確認してから、フラッシュは水から顔を出して、自分の兄が上がってくるのを待った。
水底ギリギリのところで、両腕を枕にするようにして水面を見上げていると、プールの端の方でカナリアイエローの手が動くのが視界に入った。
おそらく自分を呼んでいるのだろうが、なんだか動く気も起きずそれをぼうっと眺める。緊急の場合は水中に設置されたサイレンが鳴り響くので、特に急ぎではないのだろう。
黄色い手が見えなくなって、少しすると今度はフラッシュが顔をつけてプールの中を覗きこんできた。何をするでもなくたゆたう自分を見て、おかしそうに笑うと、上がってきてくれ、と口を動かした。それでも動かずフラッシュを見つめてみるが、フラッシュも笑ったまま見返してくる。なんの用事だろうか、今日は機嫌がいいようだ。
しかたないな、と溜め息を一つついて水を蹴る。その姿を見て満足したようにフラッシュは顔を引いた。
水面越しに見える青い機体が次第に鮮やかになってくる。完全に浮上しきって、ゴーグルについた水が流れ落ちるより先に、
―カシャ
思わず面食らう。水が捌けて良くなった視界には、カメラを構えたフラッシュが映っていた。
お、うまく撮れた、なんて言いながら手元のデジタルカメラを操作するフラッシュをジト目で見上げる。そんなバブルの様子に気づいているのだろうが、気づいてないふりをされる。なんだか怒るのもバカバカしくなって、とりあえず何をしに来たのか聞くと、写真を撮りに来た、と返ってくる。
なんでも、今日は仕事も終わらせて時間が空いたので、久しぶりに兄弟の様子を撮って回っているらしい。バブルで最後だ、と言うので、ふーん、と気のない返事をしておいた。しかしそれも全然気にしない様子で、ほら、と言ってカメラを手渡される。
渡されても困るので受け取らないでいると、防水性だから大丈夫、と見当違いのことを言いながら押しつけてくる。
渋々受け取った小さめのデジタルカメラの画面には、内蔵された巨大な扇風機で、洗濯物を乾かすエアーの姿があった。
思わず噴き出す。フラッシュも楽しそうにしながら説明をしてくれた。
今日は朝は晴れてたんだが、昼から雨が降ってな
ふうん
それが結構な大降りで、まあ、洗濯物も濡れたんだ
そうなんだ
で、明日博士の着るものがないってメタルが騒ぎ出して
うん
それなら、ってエアーが乾かしだしたのが面白かったから、撮った
そんな感じで、写真を送るたび、一度画面を覗き込んで、誰の写真か確認してから、一つ一つに説明をつけてくれる。
E缶を一人で開けられるように練習するクラッシュと、それを応援するヒートとウッド
腕を組んで窓の外を苛立たしげに睨んでいるクイック
カメラ目線で洗濯物を畳んでいる嬉しそうなメタル
他にもE缶でベタベタの手のまま博士の服を畳もうとするクラッシュを慌てて止めに入るエアーの写真など、兄弟たちが外で何をしているのか簡単に想像できるものばかりだった。
右手を水の中で遊ばせながら話すフラッシュをそっと見る。
この不器用なだけで根っこは底抜けに優しい弟が、普段の写真はもっと高画素なカメラで撮っていることを知っていた。そのカメラには、防水機能がついていないことも。
知っているけど、バブルは知らないふりをした。ちょうど、気のない返事の裏で、この時間をとても楽しんでいる兄の内心に、気づいていないふりをしているフラッシュのように。
そして二機とも、気づいてないふりをしていることに気づいているのに、気づいてないふりをする。こんなどうしようもない温い湯の中にいるような時間が、バブルは嫌いではなかった。
フラッシュは何が楽しいのか、右手と揺れる水をじっと見ている。こっそりカメラを操作するが、気づく気配はない。
エアーも、クラッシュも、ヒートも、ウッドも、メタルも、バブルも、あのクイックでさえ写っているのに、このカメラの中のデータには、一機だけ足りない。
そっとカメラを持ち直して、バブルは呼ぶ。
「フラッシュ」
バブルの持つ防水性のデジタルカメラの画面の中で、呼ばれたフラッシュが顔をあげた。