プログラミングが一段落ついて、フラッシュは大きく伸びをした。長い間固まっていたジョイントが音を立てるのを聞きながら時計を見ると、普段ならとっくに寝入っている時間だった。
 細かいところを修正しているうちに、つい熱中してしまっていた。気づかない内に体の表面も大分冷えている。
 しかし、こだわっただけあってなかなか良いものが書けたと思う。明日もう一度だけ見直して完成させよう。そう決めてベッドに入ろうと布団をめくるフラッシュの手を、小さなノックの音が止めた。


「フラッシュ? まだ起きているのかい」


 ノックと同じくらい小さな声がする。メタルだ。部屋の明かりが付いているのをどこかで見たのだろうか。


「まあな。もう寝るつもりだった」
「…ちょっと入ってもいいかな?」


 時間も時間なのでこちらも小声で返すと、思わぬ申し出をされた。今寝るところだって聞いてなかったのか。
 しかしまあ、少しくらいなら別にいいかもしれない。寝なくてはいけないという気持ちに反して、頭はすっかり冴えてしまっていた。それに、赤は赤でも、あいつと違ってメタルには特に害はない。うざいだけで。

 寝るときには絶対に掛けるようにしているロックを解除して、ドアを開けてやる。自分で頼んだくせに入れると思っていなかったのか、少し驚いた様子のメタルに、入れよ、と言うと、途端嬉しそうになって礼を言われた。
 メタルを入れるとしっかりロックを掛けなおす。振り返るとメタルが突っ立っていたので、さっきまで座っていた椅子を出して自分はベッドに腰かける。


「で? 何しに来たんだ、こんな時間に」


 問うが、メタルは答えない。それどころか椅子に座りもしていない。
 怪訝に思いつつ観察してみるものの、他の兄弟と比べ極端に表情の変化に乏しいメタルが押し黙ってしまうと、その内情を知ることは難しい。
 どうせ寂しいからお話ししようとかそういうつもりなのかと思っていたが、この様子だと違うようだ。

 何か緊急の用事だろうか、と思うものの、それならとっくにナンバーズ全員に通達が行っているはずである。こんなところで突っ立っている場合ではない。
 ならば、内密な連絡か? それならばこんな時間にフラッシュの私室を訪ねてきたのも頷ける。基本的にどうしようもなくウザくてこちらの気持ちを推し量るということをしないメタルだが、さすがに普段は真夜中に人の部屋に押し掛けはしない。


「フラッシュ」


 考え込んでいると、名を呼ばれた。その声もいつもに比べて真剣味を帯びているように感じられて、フラッシュもきちんとメタルに向きなおった。

 メタルはフラッシュの名前を呼んだ後もしばらく逡巡していたが、やがて意を決したようにフラッシュの目を見て言った。


「お兄ちゃん寂しいからいっしょに寝てもいい?」


 とりあえず枕を投げた。





*





「フラッシュは優しいなあ」


 隣のメタルは心底嬉しそうだが、フラッシュは自己嫌悪のし過ぎでどうにかなりそうだった。なんでだ。なんでこうなるんだ俺。

 それもこれもメタルが悪い。これがクイックみたいに嫌がらせ目的だったり、エレキのようにおふざけの一環であったのなら何がなんでも拒否していた。しかし、メタルにはフラッシュに対して何かしようという気はない。だからまあ、いいかなと思ってしまったのだ、一緒に寝るくらい。 
 もちろんいいはずがない。部屋に入れるのはともかく、一緒のベッドで一緒に寝るのである。我ながら許可した自分がわからない。長男機のブラコンを助長させるだけだ。
 今からでも追い出せばいいのだろうが、隣というか後ろで滅多に変わらない顔を満面の笑みにしているメタルのことを思うと、なんだかどうでもよくなるのが現状だった。
 ブラコンはこの兄の代名詞だったが、自分も大概のブラコンだ。

 イラッとした衝動に任せてメタルに枕を投げつけたあと、いろいろあって結局メタルと一緒に寝ることを許可してしまったフラッシュが今更すぎる自覚をしていると、狭いベッドの中でメタルが動いた。


「ばか、動くな狭いんだから。ていうか寄るな触るなひっつくな落とすぞ」


 フラッシュはナンバーズの中ではエアーとウッドの次に背が高い。その分ベッドも大きめのものが与えられているが、メタルが入ってきても余裕がある大きさではない。というかすごく狭い。
 その狭さでまだくっついてこようとするメタルを肘で押し返しながら悪態をつくが、メタルはひどいひどいというものの離れようとはしない。

 フラッシュは壁際でメタルに背を向けているので、メタルが何をしたいのかよくわからないが、体の前に赤い手が回ってきているのを見ると、これはあれか、後ろから抱きついてきているのか。

 そこまで思い至ると押し返す肘にうっかり力が入ってしまった。狭いベッドでみぞおちに思いきり肘を入れられたメタルは変な声を出しながら落ちた。


「ひ、ひどいよフラッシュ」


 後ろで何か声が聞こえたのでウザいとだけ返しておく。


「寂しい」
「…………」
「寒いからお兄ちゃんも入れてほしいなあ、なんて」


 ベッドにすがりつきながら何やらうるさいメタルに沈黙で返事をする。寂しいとか寒いとか知ったことじゃない。

 まあ、基地の立地環境上寒さに強いフラッシュにはあまり実感できないが、この季節に、床で布団も何もなしで寝たら寒くも感じるだろう。この万年常春の兄の寒さを感じる機能がまともに働いていたら、の話だが。

 ベッドの上で完全無視を開始したフラッシュに向けて、メタルは尚も小さな声で寒いだのなんだの抗議をしてくる。


 うるさい。


 フラッシュはため息を一つついた。





*





「フラッシュはあったかいなあ」


 もう頼むから何も言わないでほしい。自己嫌悪の嵐の中でとりあえずそれだけ思った。
 死にそうな顔をしているフラッシュに対して、後ろのメタルは嬉しそうである。見えないので想像だが、間違いない。

 こういうことをするからこいつはすぐ兄とか言って調子に乗り出すんだろうが。わかれよ自分。学習しろ。
 そうは思っても入れてしまったものは仕方がない。あのまま放っておいたらうるさくて眠れないだろうから、しようがなくベッドに戻してやっただけのことだ。

 そうやって自分に言い聞かせていたが、このままでは、なぜメタルを部屋から追い出さないのかという疑問にぶち当たってしまいそうなので、フラッシュは思考を中断した。
 体の前に回されている赤い腕についても考えるべきではない。ないったらない。


「フラッシュ」
「…なんだよ」


 おざなりに返事をして次の言葉を待つが、何も言わない。メタルでも寝言を言うことがあるのか、と思っていると、聴覚センサーの少し後ろに何かが触れる。

 口づけを落とされたのだと認識するより先に、メタルはフラッシュの聴覚センサーのすぐ横で囁いた。


「おやすみ」


 メタルにばれないように顔の熱だけを冷ますという器用なことに挑戦しているフラッシュには、返事を返すことができなかった。