間伐をされていないせいで、背の高い木々が日光を覆い隠し花が育たぬ暗い森を抜けた先に、海を見下ろす反り返った崖がある。波が岩に静かに打ちつけるのを見下ろし、背後で木の葉同士が重なりぶつかりあう乾いた音を聞きながらメタルマンは考えていた。
太陽が少しずつ水平線へ近づいていっているのが分かる。あれが沈みきる前に帰らなければと思うものの、気持ちの整理ができていない今の状態で基地に帰る気になれなかった。

俺はメタルマンというのだと言われた。そのことは重々承知している。名の由来となった金属製の機体は指の先まで自分の意思で動かせるし、メタルマンとして稼働してきたメモリもある。博士に不味いコーヒーを差し入れたことも、エアーマンが起動した瞬間のことも覚えている。ロボットの個性を形作るのがメモリだというならば、俺がメタルマンであることに間違いはない。

―そこにいるのは自分じゃないのに?

「メタル」

聞こえる筈の無い声がした。まさかと思いつつ振り返ると、森が終わる丁度境目で、落ち葉を踏みしめて青く大きな機体が堂々と立っていた。胴体に当たる部分にプロペラを内蔵した独特な形状の、メタルマンの後続機。名前は確かエアーマンと言った筈だ。しかしその名を呼ぼうとしてメタルマンは逡巡した。メモリをもう一度見直す。メタルマンはエアーマンのことをなんと呼んでいただろうか。単純にエアーマンと呼んでいたのか、しかし今目の前の機体はメタルマンのことをメタルと呼んだ。それに倣えば、俺もエアーと呼ぶべきなのか。
半分近くが破損したメモリを必死に見返して、どう呼ぶべきか悩むメタルマンを余所に、エアーマンは足を進めてメタルマンの隣に並んだ。

「まったく、よりにもよってこんな所にいるとはな。俺達に対する嫌がらせか」

森の方を向いていたメタルマンもエアーマンと同じく海の方へ向き直った。鼠返しの様になっているこの場所へは、海から上がってくることはできないだろう。嫌がらせをするつもりはなかったが、一機だけになりたかったのだろうか。
やはり何も言えずにいるメタルマンを気にせず、エアーマンは紅に染まる空と海の境界をじっと見ている。

「ふむ。来るのには難儀したが、この眺めは見事なものだな」
「…エアー」

悩んでいた呼び名は、口に出してみると案外と馴染みがあるように感じられた。ただ、夕日から視線をはずしてこちらを向いたエアーマンは、少し気恥ずかしいような感じでいるので、以前のメタルマンはエアーマンと呼んでいたのかもしれない。

「メタルマンのメモリは半分近くが破損している。行動決定プログラムも完全に異なるものを使う俺を、それでもお前達はメタルマンと呼ぶのか」

今度はエアーマンが押し黙る番だった。
一度大きな風が吹いて、メタルマンの背後の森を揺らす。二機のロボットの間を、木々のざわめきが滑っていった。

「俺にはお前の気持ちがわからない。だが」

小さな、しかししっかりとした声だった。機体を染める日の光と同じ赤いアイカメラがしっかりとメタルマンを捉えている。
眩しい。

「我々にはお前が必要だ。これは生きる理由にはならないか」

メモリを見返していると、かつてのメタルマンが後続機に対して抱いていた感情もおおよそ推測できる。人格プログラムが異なっても、彼がエアーやバブルに抱いていた気持ちは今の俺と変わらない筈だ。
メタルマンは一度ゆっくりと目を閉じて、開いた。

「生きる、とは随分詩的な言い方をするな」
「む。確かに、ロボットである俺たちには適切な表現ではないかもしれんが…」
「いいや。十分だ」

俺は彼とは違う。少なくとも俺は、兄弟を置いて先に消えたりはしない。
飾らないエアーの言葉に、こういう時に笑うのだと知っていたが、うまく笑える自信がないのでやめておく。代わりにエアーの肩を軽く叩き、そのまま崖の端まで歩いた。

「バブル、俺はもう大丈夫だ。基地に戻ろう」

眼下の波に向かって声を張り上げる。海は変わらず寄せては引くのを繰り返していたが、暫くの沈黙の後、波の一部が不自然に揺れた。


彼らが俺をメタルマンと呼ぶ限り、何があろうと俺はDWN009のメタルマンであるのだろう。

顔を上げた視線の先では、赤い太陽が最後の光と共に海へ溶け込みつつあった。