「難しい」
「何が」
「わからない」
「だから何が」
「違う。皆が」
これも違う。
弟の眉間にしわが寄ったのがわかる。それを見ておれはおれの心が伝わっていないと分かったので、もう一度口を開く。
「皆が難しい」
「あー・・・。ちょっと待て」
黄色い手のひらに待ったをかけられる。大人しく口を閉じると、もう片方の手で米神をほぐしながら弟は続けた。
「俺が質問していくから、お前はそれに答えるだけにしろ」
「わかった」
「まず、皆ってのは誰だ」
ぴっとドリルで弟を指す。ドリルの先を見た弟は「なるほど、俺たちのことか」と今度は腕を組んだ。
「で、俺たちが難しいんだな」
これも質問だ。答えようと考えるが、この文章では”弟たち”が主語で、”難しい”が述語になる。
「違う」
「・・・おーけい、じゃあわからないってのは、何がわからないんだ」
「おれじゃない」
弟はまたしかめ面をする。伝わっていないことは理解できるのに、どうして弟のように上手に言葉を作れないのだろう。
「おれじゃない。皆が」
「お前が何かをわからないんじゃなくて、俺たちが何かをわからないってことか」
「正しい」
「ふーん。で、俺たちは何がわかってないんだ」
「おれ」
「お前?」
怪訝そうな声で返された。また何か間違えただろうかと慌てるが、弟はそんなおれの様子に気づいてすぐに気にしなくていいというように首を振った。
「えーと、俺たちがお前のことをわからないんだな」
「正しい」
「・・・ああ、そうか。俺たちがお前の言うことを理解できないってことか」
悲しいけどその通りだ。一つ大きく頷くと、弟は声をたてて笑った。
笑われることを言った覚えはない。やっぱりまだ伝わってないのだろうかとドリルを二回転ほどさせてみるが、弟は笑ったままである。
「それじゃあ難しいのは俺たちにお前の言いたいことを理解させるのが難しいんだな」
「正しい」
「ばあか」
なおも笑う弟にバイザーを小突かれる。おれは真剣に悩んでいるのに、弟にとっては笑い飛ばすようなことなのだろうか。
悔しいのでドリルで腕をチクチクしてやると、「やめろって」とドリルの中ほどを掴まれた。
「くだらんことで悩んでるんじゃねえよ」
「くだらんことない」
「くだらねえよ。少なくともどっかのバカより優秀な電脳持ってんだ、更新繰り返してりゃあまともに話せるようになるさ」
「おれが」
「お前が、だ。まあ焦らずいこうや」
弟はドリルを放して、今度は拳でなくて広い手のひらをおれのバイザーの上に乗せた。
「それまでちゃんと聞いててやるから」
弟は話すのがとても上手だ。
だって今おれの心はあたたかい。
「フラッシュはすごい」
「なんだ、褒めても何もでねえぞ」
「すごい」
頭を撫でてあげようと掲げた腕の肘から先はただの凶器だ。
それでも恐々とそのつるつるな頭の上を往復させると、弟はまた「ばーか」と言って照れくさそうに微笑んだ。