日は沈んだ。




「最後の確認をするぞ」

察知されないギリギリのラインに身を隠したフラッシュが抑えた声で言う。
おれもフラッシュのすぐ横にしゃがみこんで、黙って耳を傾けた。

「今回の目的は兵器のデータの奪取と施設の破壊だ。先にクラッシュが突入、敵を陽動している間に俺がメインコンピュータにハッキングをかける。俺が建物から退避したら、お楽しみの施設破壊の時間だ。質問は?」
「ない」
「よし。そう大きくはない企業だし、兵器開発に金をつぎ込んだせいで今は貧乏だからな。大した敵はいないだろうが、気は抜くなよ」
「フラッシュも」
「俺の安全はお前の働き次第だ。囮役、精々がんばって努めてくれ」

当然だ、と思いつつ一つ頷く。

フラッシュとのツーマンセルでの任務は久しぶりだった。おれたちは相性自体はいいのだが、いかんせんおれの暴走の危険があるため、おれは大抵エアーとセットに扱われる。フラッシュと一緒に任務をすることもないわけではないが、その場合決まってフラッシュは後方支援で、おれは通信から届く指示に従うくらいしかしなかった。
しかし、ここ最近のおれは暴走をしないコツもわかってきていた。戦闘中は極力無駄なことは考えないで、なおかつ敵の殲滅が機械的な作業にならないように注意する。両立が難しいのだが、お陰で暴走の頻度はかつての十分の一ほどになった。任務の振り分けは主にメタルがやっているが、比較的難度の低い任務なら問題ないと判断したのだろう。緊張するが、少し嬉しくもあった。

『通信も聞こえているな』
『問題ない』
『郊外とはいえ人がいない訳じゃない。野次馬が群がる前に終わらせるぞ』
『了解した』

暗がりであっても、フラッシュがいつもの悪役らしい笑い方をしているのがわかる。

「俺の合図で突入だ。テンカウント、10、9、8、7、6、」

立ち上がっていつでも飛び出せるよう構えた。普段は通信越しでしか聞けないテンカウントを聴覚センサーが直接拾う。

「5、4、3、2、1、…突入」

揺れのない落ち着いた声に見送られて茂みの中から飛び出した。
おれは兄弟の中でも重量が飛び抜けて大きいため、足音を殺すということが難しいし、そうしようとしたこともない。そして今回は隠れる必要は全くなく、むしろ甘いセキュリティに引っ掛かるぐらい暴れなければならない。


距離的には見つかってもおかしくなかったのだが、結局敵に遭うこともなくガラス張りの入り口まで来てしまった。拍子抜けするが、好都合だ。片手で振り払うようにしてガラスを割ると、けたたましい音がロビーに響き渡る。
飛び散るガラスの隙間から中の様子をざっと見渡す。固そうなソファーに重厚なテーブル、観葉植物が置かれたごく一般的なロビーだ。正面には二階に続く階段があり、向かって左の壁には大きめの窓があるが、今はブラインドが下りている。
その反対、右側には受付があり、女性型のアンドロイドが二体立っている。それを確認してガラスの破片を踏んで一歩踏み出すと、途端すさまじい音量でアラート音が鳴り響いた。恐らく、受付のアンドロイドがマニュアルに沿って警報を鳴らしたのだろう。

さらに視線を走らせながら考える。壁は壊せない。敵に外へ出られると面倒なことになる。階段も壊せない。敵を陽動できなくなる。さらにあまり気合いを入れすぎると敵が奥に籠って出てこなくなるかもしれないので、適度に手を抜いて戦わないといけない。面倒だ。
フラッシュがデータを盗る前に建物が倒壊しかねないので、クラッシュボムも使えないだろう。

とりあえず敵が来るまで適当に暴れておこう。
そう思ってドリルを回転し始めると、警報を押したきり受付嬢の様子がおかしいことにふと気づいた。別に悲鳴をあげて逃げ惑うなんてリアクションをアンドロイドに期待していたわけではない。問題はその右腕だ。

着ていた上品なスーツの肩部分が裂き切れていく。破れた布の隙間からは何かしらの金属が鈍く光を反射した。見る間に人間らしさを失っていく右腕はコンバートを続け、最終的に銃口のような形になった。銃身は長く経口はかなり大きい。今から戦争に行っても、戦車の一小隊ぐらいは問題なく相手できそうだ。
貧乏かと思ったが案外そうでもないらしい。思いながら床を蹴って左に跳ぶと、すぐ隣を細長い銃弾が通り抜けて割れたガラスの向こうまで飛んでいく。途中切り離された装弾筒が遅れておれとアンドロイドの間に散らばった。

普通銃弾の威力はその質量と、到達速度の二乗に比例する。これは恐らく目標に到達するまでに装弾筒を切り離し、質量を小さくする代わりに速度を増して、貫徹力を上げるタイプのものだろう。かつては装弾筒付翼安定撤甲弾とも呼ばれていたらしい。
随分旧式のものを使っているが、威力としては申し分ない。着弾すればおれでもただじゃすまないだろう。


おれは壊すのが好きなのであって壊されるのは好きじゃない。クイックは強い敵と当たると喜ぶが、おれからすれば手間取るし邪魔はされるしで鬱陶しいだけだ。
だけど今はフラッシュの為に極力目立つ必要があるので、敵がある程度の実力を持っているのはいいことだと思うことにした。

初弾二発をやり過ごし、床に着いた左足で傾いた重心を無理矢理前へ運ぶ。足裏でガラスの破片が床に擦れて嫌な音がした。
撤甲弾ほどの威力になると撃った後の隙はかなり大きいものになる。本来は小銃でもなんでもいいので汎用性の高い武器を別に備えておくべきだが、ただの受付嬢にそれだけの装備をする余力はさすがにないらしい。おれの接近に気付いたアンドロイドは迎撃することもなく退避行動をとった。
左の方は間に合わない。少し反応が遅れた右のアンドロイドを標的に定めて受付カウンターを飛び越える。回転し続けたままのドリルを腹部目がけて突き出すと、ほとんど抵抗もなく貫通した。見た目通り装甲はやわいらしい。
しかし代わりに身軽だ。逃したもう一体が高く跳躍して、空中でおれの背中に向けて銃口を向けたのを視界の端に捉える。威力のほどはよくわからないが、かつては戦車も貫通するほどの銃器だったのだ。一発でもくらうのは得策ではない。

振り向きざまにアンドロイドを貫いたままの右手を振るう。すでに活動を停止したかつての受付嬢は遠心力でおれのドリルから外れ、空中で逆さまに銃を構えていたもう一体に激突した。弾みで発射された撤甲弾は、狙いが外れたのかおれの目の前にあるカウンターを破壊するだけにとどまる。大量の破片が高速で襲いかかるが、もともと爆風の中でも問題がないように設計されているのだ。気にせずに、二体もつれるように落下したアンドロイドに止めを刺すべく迫る。

腹に穴のあいたアンドロイドの下敷きになっていたもう一体は、倒れたままおれに向かって蹴りを見舞う。それに合わせて右手を頭の横へ持ってくると、首を狙った敵の左足はドリルに巻き込まれ弾け飛んだ。しかしそれを目の前の女性型アンドロイドが知ることはなかっただろう。

重なった二体を丸ごと貫き、床にまで到達した左手のドリルを抜く。それから上体を起こして顔を上げるのと、徐々に接近していた大量の熱源がロビーに到着するのとは同時だった。

陽動作戦は成功しているみたいだ。安堵しながらその場を飛び退くと、二階から発射された光弾が鼻先をかするようにして床を削った。