最後の一体を貫く。
その後引き抜いたドリルの回転を止めてしばらく待ってみるが、新たに敵が現れる様子はなかった。もう打ち止めか、それとも囮であることがばれたのだろうか。
辺りを見渡してみると、ロビーはあちこち陥没していたり穴が空いていたりひび割れてたりしてぼろぼろだった。しかしこれぐらいなら問題ない。クラッシュボムも使わずよくやれたと思う。
しかし敵がいないのは困る。おれの役割は敵を引き付けることにあるのだ。
そう思って索敵センサを拡張すると、建物の外から接近してくる機体が検出できた。
増援か。
屋内ではクラッシュボムは使えない。外に出て迎撃すべきか悩んだが、答えが決まる前に敵は割れたガラス張りの入り口を越えていた。おれは身構えて相手の装備をざっと見る。
人間に近いフォルムのアンドロイド。こちらは最初の受付嬢と異なり、一目で戦闘用とわかる。
体格はおれより二回りほど大きいだろうか。右腕の肘から先には手ではなくバスターがついている。おそらくあれが主要の武器だろう。実弾を発射する銃器は口径や銃身の長さで大体の威力は想像できるが、エネルギーを凝縮、発射するバスターは威力や性能がわからないのでやりづらい。
増援にしても一機だけとはずいぶんと心許ない。何か考えがあるのか、それとも一機で立ち回るだけの実力があるのか。
警戒したおれは敵の出方を探っていたが、相手もおれの様子を窺っているのか動かない。
屋内ではドリルしか使えない。仮に相手のメイン武器がバスターだとすると、先手を打たれればこちらが不利だ。
ならば相手の攻撃を待つメリットはない。そう判断したおれは、床を蹴った直後足裏のブースターを作動させ、一気に敵に迫る。
敵は虚をつかれたのか、一瞬硬直したが、おれのドリルが届くより先に気を取り直し、伸ばしたおれの左の二の腕を蹴り上げた。
大したダメージはなかったが、ドリルの軌道は逸らされた。おれは舌打ちを一つして、今度は右腕を振りかぶる。しかしそれよりもさらに相手の方が早かった。
敵はおれの左腕を蹴り上げたままだった足を一度引き、それからがら空きの脇腹を蹴り飛ばす。おれの重量はかなりのものだが、それでも2、3mは吹っ飛ばされた。
爆発に巻き込まれても問題ないように装甲は固く厚いので、おれは銃弾なんかはあんまり問題がない。反面クッション性はほとんどないため、打撃の衝撃は離散されずにもろに内部まで届くので痛い。
ガリガリと床を削りながら止まり、体勢を立て直して敵に視線を戻す。その右腕のバスターが放たれるだろうと身構えていたのだが、相手は厳しい目付きでおれを睨み付けるだけだった。
何かおかしい。
沸き上がる違和感に眉をひそめた。
この距離ならばバスターは十分有効なはずだ。それなのに構えすらしなかったのは、きっと何か理由がある。
一番分かりやすいのは何らかの形でバスターが使用できない場合だ。エネルギー切れか、あるいはおれと同じように施設を破壊したくないのか。
あるいは、何か考えがあるか。
何にせよ相手に時間を与えるべきではない。
再度突進したおれを見て、敵は姿勢を低くする。あの薄い装甲でよく立ち向かう気になるなと思うが、おれも二回もやられはしない。
先程と同じように右腕を振りかぶると、高速で回転するドリルが立てる凄まじい音に周りの全ての音がかき消される。舞う砂塵と何にも勝るドリルの音、これがおれの戦場での全てだった。
敵と十分接近し、互いの手が届こうかというところで大きく上体を傾けた。規則正しいタイル張りの床に、回るドリルを勢いよく叩きつける。
「―っ!」
ギャンッと薄いタイルをぶち抜きコンクリートを削る嫌な音と共に、大量の石つぶてが確かな速度を持っておれたちに襲いかかる。容赦なく装甲を叩きつけて固い音を立てる床の破片に、敵はたまらず両腕で顔面を庇った。
おれは敵の空いた腹部を残る左腕でえぐり上げようとしたのだが、視界に移ったのは影だけだった。回避行動をとった敵に慌てて攻撃を中止する。
読まれていたか。図体の割にすばしっこい。
しかし、左へ逃げたように見えた敵の姿を追って左に目を向けても、そこにはすでに誰もいなかった。ドリルの回転を止めて視線を巡らせる。
どこへ行ったのかなどと悠長に考えている暇はなかった。
相手の機体を捉えることのないまま、直感に従い後ろを振り返る。正確にいうと、ロボットのおれに直感なんてアナログなものはなく、あくまで経験により導かれた物的証拠のない確信なのだが、そんなことはどうでもいい。
対動カメラの感度を限界まで上げても、なおぶれる視界の中で、敵の左手がおれの後頭部、いや、うなじに伸ばされるのが見えた。
おれを含んだ兄弟たちにはほぼ例外なく、うなじに電脳へ直結する接続ポートがあった。
ここを盗られては装甲の分厚さも何も関係なくなる。
これが狙いか。
ドリルを起動させる時間はなかった。振り向いた勢いのままに左手で敵の手を弾く。
静止したドリルの側面があたったところで敵の手を破壊することはできない。しかし、その体勢を崩すのには十分だった。
無防備な腹部が目に止まる。これで二度目だが、今度のは恐らくフェイクではない。
何度目かわからない、ドリルの稼働開始のプログラムを両腕に送る。
起動直後のドリルでは回転が足りなかったはずだが、それでもおれの右腕は易々と敵の下腹部を下から上へ貫いた。
目を見開き動きを止めた敵と、おれとの距離はほぼゼロだ。
バイザー越しに目が合い、相手の唇が何度かわななくのが見えた。
これだけ戦闘もこなせるのに、喋ることもできるらしい。
何と言うつもりなのか気になるが、おれの手元、敵の機体の中で回転するドリルの音に消されて聞こえなかった。
今度こそ終わった。
周りに敵がいないのをしっかり確認してから、両腕の動きを止める。
自立できなくなった敵の重みはそのままおれの右手にかかってきたが、あんまり重くなかった。
だから素早く動けるのだろうか。そう思いつつ相手の背中に左手を回しできるだけ丁寧に床に下ろしてやる。別に乱暴に放ってもよかったのだが、強敵に対するおれなりの敬意だ。
そういえば、フラッシュは無事データを奪取できたのだろうか。
通信が入ってこないことに不安を覚えたが、確認してみるとおれが通信を切っていただけだった。
またやってしまった。怒られるのを覚悟で通信を開く。
『クラッシュ!』
繋いだ瞬間鋭い声が届いた。
ドキッとしたが、同時に疑問を感じる。怒鳴られるのは予想していたが、その相手がメタルだとは思っていなかった。
今回の作戦に参加していないはずのメタルが声をかけるほどのことが起きたのか。何があったのか聞こうとするが、その前に畳み掛けられる。
『そこに敵はいない、攻撃を中止しろ。作戦は終了したんだ! もう戦う必要はない!』
その後もおれの返事を期待していないのか、間を開けずにメタルは続けた。
おれはそんなメタルの声を通信越しに聞きながら、ふと先程まで相手をしていたロボットを見下ろす。
下腹部にはおれが空けた大きな穴があり、そこからはみ出たコードからは時折思い出したかのように火花が散った。
そういえばひどく眼が乾いている。
そう思ったけれど、瞬き一つすることができなかった。