夢を見ている。フラッシュはそう思った。
正しい夢 一日目
−暁−
「兄ちゃーん! 朝だよう!」
聴覚センサーが元気な声を拾った。それに反応して目を開けると、まばゆいメタリックイエローが視界に入ってくる。ヒートか、と思い当たる頃には四角い体がベッドに向けて思いきりダイブしてきていた。
ヒートは見かけによらず結構な重量がある。布団越しとはいえかなりの衝撃だったが、なんとか声を出さずにすんだ。
「起きたー?」
「起きた起きた。ほら、どいてくれ」
身を起こしながら言うと、ヒートはいい子の返事をしながら降りた。
やけに元気だな。
いや、以前はこれが普通だったのだが、今見ると違和感を覚える。落ち込んでいるよりはいいのだろうか。
俺は普段ヒートより早く起きるため、久しぶりに起こせたのが嬉しいのだろう。
ヒートは俺の手を引いて他愛のない話をしながらリビングへ向かう。身長差のため軽く前屈みになりながらも、手を引かれるままにしておいた。いつもの笑顔がとても尊いものに思える。
空元気でないのならば、それでいい。
握られた手の暖かさに、少しの違和感を考えないようにすることを決めた。
ナンバーズの私室とリビングとはそんなに距離はない。話しながらの移動だったので、すぐにリビングについた。
先導していたヒートがリビングのドアを開けてくれる。中の様子を認めて、俺は目を見開いた。
いつも通りの光景が広がっていた。
テーブルの上には、ロボットであるナンバーズのためにしては無駄としか思えないほどに手の込んだ料理が並べられている。
早起きのクイックは相変わらず一人だけ先に食べ終わって散歩にでも行っているのだろう。博士はラボだろうか。バブルがいて、エアーがいて、クラッシュがいて、ウッドがいて、ヒートは自分の隣にいる。
そしてメタルは台所でサラダの準備をしている。
メタルが。
「兄ちゃん? どうしたのー?」
「寝坊とは珍しいな、フラッシュ」
「昨日も夜遅くまで仕事でもしてたんじゃない?」
「もう朝ごはんできてるよ」
「これ、フラッシュの分」
ドアのところで立ったままの自分を置いてヒートは部屋の中に入っていた。
同時に五機から声をかけられる。それにも上手く返事を返せたかどうかわからない。いつも通りの光景の中で、一人だけ様子のおかしい俺に、サラダをテーブルに置いたメタルが声をかけた。
「仕事熱心なのはいいが、無理するのは良くないぞ。食べるの待っててやるから、顔でも洗って来なさい」
夢を見ている。フラッシュはそう思った。
確かに昨日は夜遅くまで起きていた。やらなくてはいけないことが山積みだったし、いつもならもう寝るように声をかけてくれる人がいなかったからだ。
何をやったかもしっかりと覚えている。
再三の警告にもかかわらず、世界征服の野望を捨てないアルバート・W・ワイリーの基地の一つである兵器工場に、トーマス・ライトが製作・改造したロックマンが侵入した。
メタルマンは迎撃および基地防衛のため出動。
そして帰ることはなかった。
だから自分はメタルのメモリからロックマンとの戦闘データを拾い出し、解析をする必要があった。
メタルブレードの武器チップをとられた以上、バブルやフラッシュのように装甲が薄いものは対策を講じなければならない。基地の防衛システムの見直しもした。
覚えている。
修復不可能のところまで破損したメタルを回収し、CPUからメモリを取り出したのは自分なのだ。
「メタル・・・」
「ん? どうした」
「どうした、じゃねえよ。お前、昨日」
昨日壊されたんじゃないか、とは言えなかった。だってどう見たってメタルはそこにいる。
先程は夢を見ているのではないかと思ったが、その割には得られる知覚情報に特に異常は見られない。
というより、ロボットの見る夢はあくまでランダムに並んだメモリを再生するものである。夢の中の行動は全て過去の自分の行動をなぞるだけのもので、ここまで自分の意思で動けることはないはずだ。
これは夢ではないのだろうか。
しかし、そうだとすれば昨日のことはどうなるのだ? 仮にあちらを夢だとしたら、一体いつから?
「昨日? 何かあったか」
「あ、いや。なんでもない」
だめだ。長く稼働し続けたせいだろうか、回路の回転が鈍い。深く考えようとしても、上滑りしている感じがする。
とにかくいつまでも立っているわけにもいかない。空いた椅子に座ると俺が来るのを待っていたんだろう、すぐに食事が始まった。いつも通りの光景だ。隣でクラッシュがぼろぼろこぼすので、文句を言いながら手伝ってやる。
悪い夢を見たとは言わないでおいた。
深く考えることを、CPUのどこかが拒否しているようだった。
*
自室のコンピュータにも昨日のデータはなかった。
いや、昨日の日付のデータ自体はあるのだが、メタルのメモリ情報はどこにもなく、代わり映えのしない通常作業のものばかりだった。自分のメモリと照合してみたが特に得られるものはなく、ひとまず接続を切る。
一つため息をはきそうになってやめた。ため息は今までの経験から獲得した人間らしくあるための所作の一つで、ロボットである自分がやっても意味がない。
部屋にある置時計に視線をやると、ウッドが一度夕食に呼びに来たのを断ってから40分ほど経っていた。そろそろ他のやつらは食べ終わってしまっただろう。
メタルにまた食事は全員でするものだのなんだの文句を言われるな。
めんどくさいと思いつつ部屋を出る。と、視界の端に赤い機体が写った。
そういえば朝から一度も会っていなかった。軽く観察してみるがやはりいつも通りだ。特に変わった点はない。
廊下の奥からこちらに歩いてきていたクイックは、こちらの姿を確認すると、もとから悪い目付きをさらに不機嫌そうにさせて大股でこちらに近づいてくる。方向的にリビングから私室に戻るところか。クイックの部屋は、今だと俺の背中側で、つまりはフラッシュの部屋の2つ隣にある。
しかし、そのまま横を通り抜けていくかと思いきや、クイックは俺の前で足を止めた。
「早く食って寝ねえと、また寝坊するぜ、ハゲ」
こいつは俺が嫌いだ。
俺もこいつが嫌いだが。
「言われなくてもそれぐらいわかる。それより、子供はもう寝る時間じゃないのか? とっとと寝たらどうだ」
「なんだとっ」
「早く寝ないと大きくなれないって言ってんだよ、兄さん」
「か、関係ねーだろ! そっちこそ図体ばかりでかいせいで、なにやるにもトロいじゃねえか!」
軽く流して返してやると、案の定突っかかってくる。
あいかわらずバカの癖に人の気に触ることを言うのだけは得意なやつだ。
頭ひとつ分ほど低いところにあるクイックの顔を思いきり睨み付けると、クイックも俺を睨み返してくる。
とりあえず左手で開いたままだった私室のドアを閉める。中にあるコンピュータにはこの基地のデータベースの保護プログラムも入っている。壊されてはたまらない。
この廊下はクラッシュが何度もうっかり壊すせいで大分頑丈にできている。多少暴れても問題ないのは経験上知っていた。残るは最後に待っているメタルの説教だが、まあ、聞き流せばなんてことはない。大体悪いのはバカの方だ。
クイックはほとんどの場合初撃は正面からくる。特に今は狭い廊下にいるので、間違いないだろう。自分がカウンター型なのは重々承知しているので、相手の動きを待つ。
クイックが膝を少し曲げるのをアイカメラが捕らえたのと同時に、
「はいはい廊下で喧嘩しないで。邪魔だから」
割り込んできたのはやる気の感じられない声だった。
クイックの後ろからやって来たバブルは重そうに体を引きずってクイックの背中を押す。クイックは押すなとかこいつが先にとか喚いてたが、完全に聞こえない振りをするバブルにならって俺も無視をする。緊張感も完全に飛散した状態でまだ戦おうとは思わない。
「早くご飯を食べに来なさい、だって。まったく。メタルもなんでクイックに行かせたんだか…」
俺が知るかだいたい人がわざわざ呼びに来てやったってのにあのハゲ
バブルはクイックの背中を押したまま俺の横を通ってクイックの私室へ向かう。その背中に「りょーかい」とだけ返して俺も歩き出した。