正しい夢 二日目
−流転−
スリープモードの解除を感じた直後に目を開けた。
感覚回路全般が繋ぎ終わるまでの短い間、水の中にいるような心地を味わう。この感覚が結構好きなのだが、以前クラッシュに言ってみても今一理解されなかった。経験により獲得した独自の感覚なのだろうか。
部屋の置時計は6時30分を指している。何気なくそれを確認してベッドから降りようとした辺りでもう一度室内を見回した。
昨夜、俺はケーブルをしまって寝ただろうか。記憶より片付いているテーブルの上を見やる。
電源の落ちたコンピュータ。時計。写真立て。
それだけ。
反射的にコンピュータの電源に指を伸ばした。一瞬の空白の後に起動音が響く。
にわかに明るくなった画面に目を走らせる。探すたったひとつのファイルは、検索をかけても見つからなかった。
同じだ、と思った。あるはずのものがなく、いないはずのものがいた昨日の夢と。あのときは、確かに回収したメタルのメモリがなくなり、その代わりとでも言うように破壊されたはずのメタルがいた。
あまり深くは考えず、俺はすぐに部屋を出た。
*
俺はどうしたいのだろう。
今ここでバブルがいるかどうか確かめて、それで一体何になる。声をかけて返事が帰ってこなかったらこれは現実で、帰ってきたらこれは夢だ。そもそも確かめるまでもない。あるはずのデータがないのだから、今俺は夢を見ているのだ。
「バブル、いるか?」
例え返事が帰ってきたとしても、これは夢なのだ。
俺は何を期待しているのだろう。
「…なあに、フラッシュ」
帰ってきた。気だるげな声は、そのまま俺が想像していたバブルの声だ。
予想していたことだのに、一瞬体を巡る電気信号が乱れたのを感じた。言うべき言葉が見つけられなくて、意味なく口が開閉する。
「フラッシュ? どうしたの、何かあったの」
「なにも、」
咄嗟に出した声に震えはなかった。その事にひどく安堵して続きを紡ぐ。
「何もない。ただ、…ただ、起きているか確認しに来ただけだ」
「…ふうん。起きてるけどさあ、何で僕が起きてるか確認しに来たの」
一枚のドアを隔てているのに、バブルにじっと見つめられている気がした。俺は何もやましいことがないのに、言葉に詰まる。昔から、バブルの糾弾するような目が苦手だった。
「何でもないんだ、本当に」
一辺の迷いもなくはっきり言い切った自信があったが、部屋の中から帰ってきたのはため息だけだった。小さなその音をかき消すように、水の落ちる音が続く。
それから少しして、バブルと俺の間にあったドアが、音を立てて開いた。
「なあに、フラッシュ」
「だから何もないって」
「僕がここまで来てあげたんだから、正直に言わないと怒るよ」
そう言われても、正直に「これが夢か確認しにきた」なんて言えるはずがない。ここではナンバーズは誰一人欠けておらず、おかしいのは俺一人なのだ。
しかしこのまま何でもない、を言い通せる気がしなかったので、何か言うことはないだろうかと少し考える。
バブルはその間、黙ったまま俺を見上げていた。
「今日の晩飯」
「ん?」
「今日の晩飯、俺が作るよ。バブルは何が食べたい」
ゴーグルの向こうでバブルが目を丸くしたのがわかった。それから数回瞬きをして、最後にゆっくり細められて品定めをするように俺を見る。
バブルは何も言わなかったが、「そういうことにしてあげよう」と言っているのが聞こえるようだった。
「んー。じゃあ、卵焼きが食べたいな。甘くないやつ」
この夢でおかしいのは俺一人だ。
俺だけが、本当はメタルもバブルももういないことを知っている。
俺は期待していた。
正しいのが夢で、間違っているのは俺であることを。