正しい夢 三日目

−虚言症−





 三回目。
 ベッドの中で目覚めて、電脳の片隅で無意識にカウントする。半ば予想していたこともあって、すでに驚きや戸惑いの感情はあまりなく、疲れにも似た諦めと、自分自身への嫌悪の念が襲ってくる。

 三回目だ。
 片付いた部屋に穏やかな朝。何に怯えることもない、戦いのない世界。

「…怯える?」

 自分の思考に自問した瞬間、意識がさっと覚醒していくのを感じた。何に怯えると言うのか。戦うために作られた俺が、戦いを恐れることなどあってはならない。

 一度開いた目を塞いで、左手で更に蓋をする。
 早く目覚めてしまいたかった。百の否定を重ねても、今こうして夢を見ていること自体が、自分の弱さを何よりも強く肯定していた。





「兄ちゃーーーん!!」

 そうやって布団の中に潜り込んでいると、部屋のドアがスライドする音とともに元気な声が入ってきた。どこかで聞いたような声だな、と思いつつも目を瞑ったまま寝たふりを決め込んでいると、やはりいつかのように結構な重量がベッドに向けてダイブしてきた。

「ほらほらいつまで寝てるの! 朝だよ朝! 起っきろー!」
「起きてる起きてる」
「それは起きてるけど寝てるって言うの!」
「・・・先食べといてくれ。すぐに行くから」
「やだね!」

 即答に閉口した隙をつかれて、布団をがばりと剥ぎ取られる。

「今日は兄ちゃんと一緒に食べるって決めてるから!」
「嬉しいこと言ってくれるなあ」
「でっしょでしょ? というわけで起きた起きた起きたァ!!」

 そのまま布団をばさばさと煽り立ててくるのに負けて渋々起き上がる。それを見たヒートは満足げに頷くと、さんざ弄んだ布団をきれいに畳んで、

「じゃあ、先行っとくからね! 五分以内にこなかったら基地の火災報知器が火を噴くから!」
「お前は何をするつもりだ」

 避難訓練! と言い放ったヒートは嬉しそうに駆けて部屋を出ていく。それを見送って、足音も聞こえなくなったころ、深いため息が口をついて出た。

 ロボットの夢には、人間にしばしばあるような『体験の創造』は起こり得ない。つまり、飛んだこともない空は飛べないし、見たこともない景色は見れない。
 これは俺の、俺自身の手による記憶の再構築だ。愛した過去への女々しい追慕だ。継ぎはぎで誤魔化して繕う自分は、帰りたくないと泣く子供と何が違うのだろう。

(勘弁してくれ)

 出掛けた悪態は吐く相手が見つからなくて、結局胸の内へ沈めた。










 いつも通りの顔ぶれの朝食は、恙無く遂行された。「ごちそうさま」というと「お粗末さまでした」と返すメタルも、記憶にある通りの姿だった。
 違和感の入る余地のないほどの完璧な日常を、俺はどうしたいと思って再現しているのだろう?

「なんか今日、変じゃない? 心ここにあらず、って感じ? 恋心?」
「ばかか」
「冗談だよう。でも、変なのは本当。何があったの?」

 何でもないように言うけど、心配してくれているのを俺は知っている。これも、記憶にある通りのヒートの姿だ。
 何かあったかと言われれば、ある。まさに現在進行形で起こっている。

「夢を、見ている」
「夢?」
「…変な夢を見るんだ。いろんな所で破綻しているのに、成り立っている。俺の願望を寄せ集めたような…」
「いい夢なの?」
「そうだと、思う。夢の中で俺は、幸せであると思うよ。ただ…」

 幸せな夢を、夢と自覚して見るのは、つらい

「そっか…」

 ふと、頭の片隅で何を馬鹿な真似をしているんだと笑う自分がいる。ここで弱音を吐いて、慰めてもらって、何になると言うのだ? 自分の作った夢の中で、思い出を集めたヒートに励まされたところで、嘲笑う観客すらいないちんけな一人芝居でしかない。
 リビングには俺とヒートの二機しかいない。出涸らした茶を入れたカップを持て余し気味に、ヒートはソファで俯いている。

「幸せなのに夢だってわかるのは、つらいね」
「らしいな。俺も初めて知ったよ」
「うーん…。なんていうか、真面目すぎるんじゃないかな。自分の夢なんだからさ、もっと自由にしちゃえばいいんだよ」
「具体的に言うと?」

 やや声が弾んだのは、ヒートに演じさせる無意識の自分は、この袋小路にどう決着をつけるのか純粋に興味をもったからだ。

「ええ? えっとお、だから、夢を本当にしちゃえばいいっていうか…。自分の夢なんだからさ、単純に幸せになっていいんだよ。夢だとか夢じゃないとか、忘れてさ」
「あはは、夢を本当に、か。なるほどねえ」

 カップに口つけたまま笑うと、薄い茶の水面が波立った。笑われたヒートはムッと口を尖らせる、こういうヒート“らしさ“にも俺は笑うしかない。

(本当にお前はどうしようもないやつだ)

 夢が夢でなければいいと、
 もうここでしかメタルに、バブルに、ヒートにあえないというのなら、それが本当になればいいと、

(なるほどね、確かに俺は)

 確かに、フラッシュマンはそう考えている。