ふと手に持つ本に影が落ちた。
すぐに立ち去るかと思っていたが、なかなか退く気配がない。

自室のコンピュータが処理中のため、久しぶりに本でも読むかとリビングのソファに陣取ったのは2時間ほど前だろうか。
純粋に情報を得たいのなら、紙媒体は非効率的以外のなんでもないが、こうやって暇を潰す分にはちょうどいい。

2時間集中していただけあって、残すところ数十ページだ。コンピュータの処理はとっくに終わっているだろうことはわかっていたが、この一冊を読みきってしまおうと思っていた。
ということなので、何やらこちらを見てくるメタルのこともひとまず放っておく。声をかけてこない以上大した用事ではないのだろう。

「…?」

落ちる影がさらに濃くなった。もっと簡単に言うと、メタルがやけに接近してきた。
メタルとフラッシュではフラッシュの方が背が高い。が、流石に座っているフラッシュと立っているメタルとでは明らかにメタルの方が上になる。

メタルの行動を疑問に思って顔を上げたフラッシュはぎょっとした。近い。すごく近い。
顔の高さの違いのため、メタルは軽く覆い被さるような形でフラッシュの顔を覗き込んでいた。自然、顔をあげて動きを止めたフラッシュと見つめあっているような感じになる。

慌てて顔を引こうとしたが、頬に添えられたメタルの両手がそれを許さなかった。

なんだ。なんなんだ一体。

顔に出さないながらも混乱の極みにあるフラッシュは、自分の頬に熱が集まっていることに気づいていなかった。
まあ、この場にそれを指摘する人も気にする人もいないから、別に大した問題ではないが。

さしあたっての問題は人の顔を両手で挟んで動かないようにしたあげく徐々に接近してくる目の前の美人だ。違う、メタルだ。


おいおいおい、やばいんじゃないか。
ここでようやく自分の顔の熱に気づいたフラッシュが冷却装置を作動させるが、いまいち問題の解決になっていない辺りに彼の動揺を悟ってほしい。

とにかくそんなフラッシュの内情などお構いなしのメタルは超至近距離でじっくりとフラッシュのアイカメラを観察したあげく、言った。


「大分乾いているな。勉強もほどほどにしなさい」


そこからメタルはさっくり両手を離し顔を引き、最後にもう一度休憩するように念を押してごく普通に部屋を出ていった。


「………」

まあ、あえて彼の気持ちを言わなくても、だいたい想像がついていると思う。
怒りやら恥やら怒りやらが渦巻く気持ちを一言にまとめると、

――よし、殴る



それからフラッシュは読み途中の本を置いて、さきほどメタルが使ったのと同じドアから部屋を出た。